釣りといたどり

釣りといたどり

カエルが泣き出した5月の夕暮れ。いつもなら厨房を飛び回る時間に、僕は川のせせらぎを聞いていた。 人類の危機的状況が生んだポッカリと空いた時間。 暇なランチ営業で残った小アユを針に刺し、糸を垂らして天然ウナギやスッポンに変わらないかという悪童の悪巧みだ。 アタリがあればわかるように竿先には鈴を付け、僕はもう一つの獲物であるいたどりを摘む。 いたどりはこの時期の楽しみで、リンゴと甘く煮てピュレにしたりシャーベットやジュレ、ピクルスやドレッシングなどにも使い、僕の中にある5月の食材カレンダーには毎年必ず登場する。...
見当山とエベレスト

見当山とエベレスト

令和2年に入り、ミュゼのシェフになって15年の節目と、次男坊の小学校入学を控え特別な想いがあった。 そんな中、我々日本のフレンチ業界に大きなニュースが飛び込んだ。遂に念願だった本国フランスでの日本人シェフによる三ツ星レストランが誕生した。世界の最高峰の一角に名を連ねた「レストラン KEI」小林シェフ。「私は富士山ではなくエベレストを目指したかった。」と語った喜びのスピーチは、歴史が動いた瞬間だった。...
空っぽのワインセラー

空っぽのワインセラー

今から約20年前、修行中の少ない収入で頑張って大きいワインセラーを買った。実家の男臭くて狭い部屋に空っぽのセラーが聳え立った。人生で初めて本気で勉強したソムリエ試験の頃からの相棒だ。 あれから県内の酒屋やワインショップはもちろんの事、旅先でも必ず酒屋巡りをしワインを買い集めた。初めてのヨーロッパ、スキポール空港の中のショップで買った古いクーレドセラン。パリのニコラで奮発したシャトーディケム。念願のサンテミリオンで立ち寄ったアンジェルスとクロフルテ。一番下の段には、ウチヤマ酒店の長田さんから預かっているグランヴァン。...
二見浦 秘境のスイーツ

二見浦 秘境のスイーツ

伊勢市駅前にあった噴水と二羽の白鳥の像。いつものように3兄弟で占拠した後、一番ホームから出る国鉄に乗り込む。二見浦のタミおばちゃん(民子さん)の家に泊まりに行くのは、出口家夏の終わりの恒例行事。 翌朝、おばちゃんの家から3km程の長い道のりを歩き二見シーパラダイス(現伊勢シーパラダイス)を目指す。...
0.5ha美術館横のシャトーローリエ

0.5ha美術館横のシャトーローリエ

まだトリコロールの色も意識していなかった二十歳の頃、師匠の薦めで初めてワインを買った。 細長いスリムな緑色のボトルに黄色いラベル、仏アルザスを代表するヒューゲル社リースリングのハーフボトル。不慣れな手つきでソムリエナイフを使ったが、キャップシールで指を切り、さらに力んでコルクも割った。デビュー戦のほろ苦い思い出。輝きのある緑がかったレモンイエローの液体から立ち上る、生の月桂樹の花と葉っぱのような香り。  ミュゼのテラスに根をはる2本のローリエ(月桂樹)の葉を料理用に摘む際、いつもあの頃の事を思い出す。...
幻のブラックパール

幻のブラックパール

ふとした時に見つけた春の足音。 我々日本人は他の季節にない喜びを春に感じる。 目覚める大地・小躍りする春告鳥(うぐいす)。 野の草の息吹をありがたく頂戴し、そのエネルギーを食す。 2019年平成最後の年明け、自然との対話を大切にする私に、幼馴染からある方を紹介された。 伊勢古仁屋(コビトヤ)工場長 吉田...