未熟な煙の魔術師

未熟な煙の魔術師

燻した香りは本質を天使にも悪魔にもする…。 ワインに使われる樽を作る際、内側をバーナーで焼き木をしならせ組み立てていく。焼き加減や木の種類、樹齢などによってワインに溶け込む香りや味わいが違ってくる。 安い木の樽で仕込んだワインはフィネスに欠け、大味な甘苦味を呼ぶ。上質な樽はワインに深みと複雑味そして厚みを持たせ、私達を虜にする。 同じように料理人がよく使う燻製。私は軽く煙をまとわす程度にとどめる。どうしても支配的になりすべてが同じ香りになる事に少々抵抗を感じていた。...
ジャイコとの6ヶ月

ジャイコとの6ヶ月

賑やかな蝉時雨を豚舎で聞いた学生生活最後の夏。ワニやイルカのビーチボールではなく、愛くるしい彼らに股がり泥にまみれた日々。明野高校生産技術科の2、3年生が種付けから出産出荷まで愛情いっぱいに育てる豚との時間、命を学ぶ6ヶ月。生徒さんが生み出すブランド豚が「伊勢あかりのポーク」です。50頭ほどの中で生徒の村山さんが一匹の子豚に「ジャイコ」と名付けた。ストレスなくすくすく育つジャイコ達とは会話もできたという。愛情だけではなく、血統は県内では身体が大きくならないためほとんど見なくなった鹿児島の黒豚で有名なバークシャー種で、濃い肉の色とねっと...
浜大根とイビザ島

浜大根とイビザ島

潮干狩りとマリンスポーツで賑わう津の海。カラフルなヨットの帆と様々な国の人達が各々に楽しむ姿に、私の中のモノクロ写真を思い出す。 ヨーロッパ修行中、最後に訪れた地中海に浮かぶ島イビザ。ヒッピーの最終駅と言われるこの楽園のビーチで、トップレスの女性に目もくれず、黙々と浜の草を摘む現地の少年達。何かと尋ねると「貝と蒸し煮にする。」と教えてくれた。 「日本でも色々調べて自分の料理に取り入れよう。」と、新たな意識をいただきヨーロッパの修行を終えた。...
あかりをつけたぼんぼり

あかりをつけたぼんぼり

雪汁を出雲川が前浜に運ぶ頃、漁師達には慌ただしい季節が訪れる。脳内にあの歌がリピートされ、冬の終りに射すお日様に笑顔が溢れる。 3月3日の雛祭りに合わせ、全国で蛤が最盛期をむかえる。 国産物が激減している中、津の香良洲から女性の挙捏の立派な大蛤がミュゼに届く。 深い山からの養分が肥やす津の前浜。しょっぱ過ぎない海水が育む香良洲の大蛤。 酒で蒸した身に再度驚かされる。美味しすぎるエキスを抱き込んだ身は大きさを保ち縮まない。貝殻のかみ合わせが対の物以外は噛み合わない事から、夫婦和合の象徴とされ古くから慶事の食材とされた蛤。...
恵方巻と鮟鱇(あんこう)

恵方巻と鮟鱇(あんこう)

2月3日の夜、一人私は縁起の良い方角の恵方に向け大きな口をあけ無言で太巻きを頬張る。まるで静かな海底で小魚やエビを喰うが如く…。 この時期、豪華な恵方巻と同じくらいの楽しみが、数年前からポツポツと伊勢湾のしかも津の前浜で穫れるようになった恰幅のよい大きな鮟鱇(あんこう)。塩分濃度の少し薄い、甘みの強い津のエビやイワシなどを大量に食した鮟鱇はこの上なくジューシー。「捨てるところがない」と言われ、皮・エラ・肝・胃袋・卵巣・そして身とどれも美味しく、鮟鱇の七つ道具と言われる。...