10月の朝、買い出しの荷物を車から降ろす際に甘く漂う金木犀(きんもくせい)の花の香り。私にとってこの黄々とした香りが、本格的な褐色の季節の訪れを教えてくれる合図。そして花は記憶をつなげる。
子供のころ、花作りの名人であった祖父の堂々たる菊たちは街の名物であった。神宮にも並べられる三本仕立ての立派な菊より、私が好きだったのは「ダルマ」と言われる40センチ程の背の低い一本仕立て。祖父の作るダルマはかなり花も大きく香りも強い、黄色い物はまるで獅子のよう。
そんなダルマを今は家族で見ることはない。
料理人の私に、あの香りがよみがえったのは数年前。美杉在住の干し野菜・坂本 幸さんの菊の花茶が、どこかにしまいこんだスイッチを入れる。
体中の細胞がリラックスするような自然のアロマ。目を閉じると浮かぶ、にぎやかだったベランダとダルマの顔。
今、ベッドの上で人生を全うしようとしている祖父。おそらく使っているであろう菊枕。
細くなった褐色の手を握った時、「菊はいいぞ。食べてもうまい」と言ったように感じた。